東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15389号 判決 1972年4月11日
被告 日本勧業銀行
理由
一 原告が、昭和四三年二月九日被告との間に原告主張の約定で定期預金契約を締結して金七、〇二九、四五二円を預け入れたことは当事者間に争いがない。
二、すすんで、被告の相殺の抗弁について判断する。
1 先ず、被告が橋本金属工業との間で昭和三九年一二月三日、被告主張の銀行取引約定を締結したこと、その際原告は被告との間で橋本金属工業の債務について被告主張の連帯保証契約を締結したこと、被告が橋本金属工業に対し被告主張の(1)、(2)の二通の約束手形(手形金合計九一九、三一一円)を割引いたこと、橋本金属工業は昭和四〇年五月六日東京手形交換所による取引停止処分を受けたこと、被告は右約束手形二通を各支払期日に呈示したが、いずれも支払拒絶を受け、橋本金属工業は被告に対して右約束手形二通の買戻債務を負担するに至つたことはいずれも当事者間に争いがない。そして被告が原告から昭和四一年八月一〇日約束手形(1)に対する昭和四〇年六月一日から昭和四一年八月一〇日まで約定の日歩四銭の割合による遅延損害金として一一五、六四四円、約束手形(2)に対する昭和四〇年七月一日から昭和四一年八月一〇日まで同割合による遅延損害金として四一、五九〇円の各支払を受けたことは被告の自認するところである。
2 次に、被告が昭和四〇年三月三一日橋本金属工業に対し、支払期日を同年五月三一日として金七〇、〇〇〇、〇〇〇円の手形貸付をしたことは当事者間に争いがなく、被告がいずれも原告から同年七年一〇日右貸付元本のうち金四〇、〇六四、五三八円と七〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年六月一日から同年七月一〇日までの日歩四銭の割合による遅延損害金一、一二〇、〇〇〇円の支払を受け、昭和四一年八月一〇日右貸付元本残額二九、九三五、四六二円のうち金一〇、五三七、六五九円および右二九、九三五、四六二円に対する昭和四〇年七月一一日より昭和四一年八月一〇日までの日歩四銭の割合による遅延損害金四、七四一、七六七円を受け、また破産管財人から昭和四一年一〇月三一日右貸付元本残額一九、三九七、八〇三円のうち金一、四六二、五〇〇円の支払を受けたことはいずれも被告の自認するところである。
3 原告は、前記各遅延損害金の利率に関し、昭和四〇年五月頃被告浅草支店の当時の支店長大川四郎が前記銀行取引約定に拘わらず、貸出金利と同率に低減することを約したと主張し、原告はその本人尋問でこの主張にそう供述をするが、これを確知するに足りる文書その他の客観的資料がないので、原告の右供述のみをもつて原告の主張を認めることはできない。同人の供述によつて成立の認められる甲第三、第六および第七号証も直ちに右供述を裏付ける資料となし難い。
また原告は、被告が原告および破産管財人から前記三回にわたつて支払を受けた合計金額は六〇、〇〇〇、〇〇〇円以上であり、殊に昭和四一年八月一〇日の弁済額は二、〇〇〇、〇〇〇円であると主張するが、この主張を認めるに足りる証拠はない。
4 しかして被告が昭和四三年一一月二八日、書面をもつて、被告の橋本金属工業に対する債権は同日現在前記(1)、(2)の約束手形二通の買戻請求債権九一九、三一一円およびこれに対する昭和四一年八月一一日から昭和四三年一一月二八日までの日歩四銭の割合による遅延損害金三〇八、八八四円の債権、前記手形貸付金残額一九、三九七、八〇三円に対する昭和四一年八月一一日より同年一〇月三一日までの日歩四銭の割合による遅延損害金六三六、二四七円、元本残額一七、九三五、三〇三円に対する同年一一月一日から昭和四三年一一月二八日までの同割合による遅延損害金五、四三七、九七一円合計七、三〇二、四一三円であり、連帯保証人たる原告に対しても同額の債権を有するものとし、他方原告の被告に対する債権は前記昭和四三年一一月二八日現在定期預金債権七、〇二九、四五二円およびこれに対する日歩一銭五厘の割合による利息三〇九、九九六円、但し一五パーセントの所得税が源泉徴収されるのでその税額四六、四九九円を差引き手取額二六三、四九七円、合計七、二九二、九四九円であるとし(原告の被告に対する債権額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない)、両債権を対等額で相殺する旨の意思表示をなし、同書面が同月三〇日原告に到達したことは当事者間に争いがない。
三 しかるに原告は被告の前記自働債権はこれよりさき弁済によつて既に消滅したと主張するので検討する。
1 橋本金属が昭和四〇年五月一日被告外二銀行に対し、橋本金属の訴外アカツキ電気工業株式会社外三三四名に対する金一二四、五一一、八四八円の売掛債権を譲渡したところ被告外二銀行が昭和四一年九月二七日破産管財人に対して右各債権(但し、当時、被告外二銀行が取立てて保管していた金二五、七二八、八〇六円を含む)を再譲渡したことは当事者間に争いがない。
2 原告は、橋本金属から被告外二銀行に対する前記債権譲渡契約は、被告外二銀行が右譲渡にかかる売掛債権を各自取立てその都度逐次取立金額を取立銀行がその橋本金属工業に対する貸金債権の弁済に充当する約束であり、被告外二銀行は自ら又は破産管財人に取立を委任し、同人を通じて右債権の大部分を取立て、自己の橋本金属工業に対する債権の弁済に充当したと主張するが、右のような約束がなされた事実も、取立てられた金員が右債権の弁済に充てられた事実もこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。
3 次に原告は、右債権譲渡は橋本金属工業の保証人たる橋本金属の被告外二銀行に対する保証債務担保のため譲渡担保の趣旨で行われたのであり、被告外二銀行が該債権を破産管財人に譲渡したのは弁済期後の担保債権の違法な換価処分であるから、右処分により処分価格の限度で橋本金属および橋本金属工業の被告に対する債務ひいては原告の被告に対する債務も消滅したと主張し、被告は、被告外二銀行がした債権再譲渡は橋本金属および原告の承諾の下になされたものであつて、右売掛金債権によつてなんらの弁済を受けていないと主張する。
(一) 橋本金属が昭和四〇年五月一日被告外二銀行との間で、橋本金属工業の被告外二銀行に対する債務について連帯保証契約をなし、この保証債務を担保するため、前記売掛債権を譲渡したものであることは当事者間に争いがない。
(二) ところで、《証拠》によると、橋本金属工業は昭和四〇年六月一八日東京地方裁判所において破産宣告を受け、破産管財人として恒田文次が選任されたこと、破産管財人は管財事務に着手し、種々調査の結果、当時橋本金属の実体が橋本金属工業の製造する製品の委託販売会社というに等しく、その収益は営業費用を賄うに足りる手数料程度に止まり、経理上、橋本金属と橋本金属工業の売掛債権の記帳が全く同一であつて、橋本金属において取立てた代金はそのまま工業へ支払われるべき関係にあるところから、被告外二銀行が橋本金属から受けた前記売掛債権の譲渡は橋本金属工業の橋本金属に対する債権につき詐害行為に当り、これら債権は終局的には破産財団に帰属すべきものであるとの見解を抱くに至り、この見解の下に昭和四〇年九月頃被告外二銀行に対し、前記売掛債権の破産財団への繰り入れを求めるべく交渉したこと、被告外二銀行としては右見解の当否はともかく自己の橋本金属工業に対する債権については他に相当の担保を有していたので、右申入を敢て拒否しなかつたが、ただ後日に問題を残されないため橋本金属の同意をとりつけておきたい旨の希望を述べたこと、他方、破産管財人と原告および橋本金属等との間に種々の訴訟が係属し、その紛争の長期、複雑化が懸念されていたところ、昭和四一年五月一八日、破産管財人を甲、訴外大洋金属株式会社を乙、原告、橋本金属および訴外江戸川金属株式会社を丙として、甲、乙、丙間に和解契約(乙第九号証)が成立したこと、そのうち、第一条(2)において「丙は、丙が協和銀行、東海銀行、日本勧業銀行に譲渡した売掛金に関し、甲並びに各三行に対して何等権利を主張しないこととし且つ右売掛金の回収並びに回収した売掛金の処分に就いては甲の定める処に異議を主張しない」旨を約諾したこと、そして原告および橋本金属は昭和四一年九月中協和銀行の求めに応じて同銀行に対し、同銀行外二銀行が前記売掛債権をその回収整理促進のため、破産管財人に譲渡することに異議なく、これによつて同銀行には一切迷惑をかけない旨を記載した連名の念書(乙第八号証)を差入れたこと、そこで、昭和四一年九月二七日被告外二銀行を甲とし、破産管財人を乙として、甲、乙間で、甲から乙に対する債権譲渡に関する協定(乙第六号証)が成立したことが認められ、これによると、原告および橋本金属は右昭和四一年九月頃前記売掛債権が被告外二銀行から破産管財人に譲渡されることを承知しており、これについて被告に対しても少なくとも暗黙の承諾を与えたものというべきである。
(三) 原告は、破産管財人は原告に対し、被告外二銀行の橋本金属工業に対する債権を財団債権として被告外二銀行に直接弁済することを約し、被告外二銀行の破産管財人に対する債権譲渡は右目的で取立委任のためになされたのであつて、原告および橋本金属が承諾を与えたのはこの趣旨においてであると主張する。
そして前記乙第九号証(和解契約)によると、その第二条、(1)(イ)、で甲(破産管財人)は丙(原告、橋本金属外一名)に対して破産会社および丙が破産会社の為めに負担する一切の債務(破産会社の財産又は他の担保提供者の財産を担保とする有担保債務たると担保なき債務たるを問わず又他に連帯債務者又は連帯保証人のある債務であると否とを問わず破産会社が負担する一切の債務)を処理し、丙に迷惑を残さない旨を約諾したことが認められ、また前記乙第八号証(念書)に被告外二銀行が破産管財人に、売掛債権をその「回収整理促進のため」譲渡する旨の記載があることは一見原告の右主張を裏付けるかの如くである。
しかしながら、前記和解契約第一条(2)の趣旨は、その文言の文理解釈に併せ、《証拠》を総合して考えると、要するに、原告および橋本金属は橋本金属が被告外二銀行に譲渡した売掛債権が実質上橋本金属の権利に属さず、破産財団を構成する財産として、一般破産債権者の弁済資金に充てるべき、被産管財人の管理、処分に委ねられるべきものであることを承認したものと解すべきである。破産管財人が右売掛金を取立てた後、その取立金を被告外二銀行に対する債務の弁済のために優先的に充当すべき旨の約定は同契約上どこにも見当らないし、同契約第二条(1)、(イ)の約定が第一条(2)を含む同条の各約定と対価的関連を有する債務であるかどうかはかりに問題たり得るとしても、これは原告と破産管財人との間で解決せられるべきものであつて、いずれにせよ、被告外二銀行から破産管財人に対する前記債権再譲渡を取立委任と解すべき根拠とは必ずしもなるものではない。また、前記乙第六号証(協定書)第四項には未回収売掛金の処分並びに方法については被告外二銀行と破産管財人とが協議してこれを定める旨の記載が、また前記乙第八号証(念書)には前記債権再譲渡が売掛金の「回収、整理促進のため」である旨の記載があるが、これらはいずれも必ずしも原告主張の取立委任の趣旨を示すものとは解せられず(前者については被告外二銀行の債権に対する優先弁済の約定を欠く点で却つて原告の主張にそわない)、これらの記載があるからといつてなんら前記認定を妨げるものではない。
原告の主張にそう原告本人尋問の結果も《証拠》に照らしてにわかに採用できない。
(四) 以上のとおり、原告および橋本金属は、橋本金属が被告外二銀行に対してした前記債権再譲渡が橋本金属工業に対する詐害行為に該当するか否かに拘わらず、被告外二銀行がこれら債権を破産管財人に再譲渡し、破産財団に繰り入れて他の一般債権者の債権のため、配当財源とすることを承諾したのであるから、原告としてはもはや被告がこれら債権から優先的に弁済を受け得べきであつたことを主張し得ないものといわなければならない。
そして他に、被告が前記相殺に供した自働債権の全部もしくは一部が相殺前弁済によつて消滅したことを認めるに足りる証拠はない。
四 そうすると、原告の本訴請求にかかる定期預金債権は被告によつてなされた前記相殺によつて既に消滅に帰したものというべきである。
よつて原告の本訴請求は失当であつて棄却
(裁判官 佐藤安弘)